(仮)の世界。
絵を描いてたり日常の愚痴を綴ったり諸々。
警備員室。
なんかミルクたっぷりのコーヒーを呑ませて頂いてた。
「…えっと、どうも。(なんで牛乳沢山入ってんだよ。俺ブラック大好きだよ?)」
俺を引き止めたのは、さっき擦れ違った警備員さんだった。片手で俺の肩を握り締め、
俺が振り向けば小さく首を横に振っていた。
「止めなさい。君一人で止めに入っても無駄だ。」
「そんなの、」
分からないじゃないか。
見ず知らずの警備員に諫められた事が、俺の中で静かに怒りを沸き起させた。
何でアンタなんかになんで忠告されなきゃならないんだよ!!
関係ないだろ!!
胸倉に掴みかかり、理不尽な怒りを彼にぶつけたい衝動に駆られる。
…そんな声が頭のなかに駆け巡りながらも、同時にさっきまで俺の中を占領していたもう
一人の俺が囁く。
良かったな、止めに入ってくれた人がいて。
…これで自分の行動を正当化できた、
「いじめを止めようとしたが他人にとめられて出来ませんでした。」ってな!
―――違う違う俺はそんな言葉で弁解なんてしない!!
俺は意地になって曲り角から脱出しようと足を動かす。
(ああ、それでも警備員さんは放さない!)
「…よく彼等を見なさい。いじめをしているのは彼女達だけじゃないだろう?」
…まるで、いじめ阻止計画を立てていた俺の思想を読むような言葉だった。
「彼女達だけじゃない、あのクラスの見学者全員。それに彼女達には面白いから協力して
る男子だって居るんだよ。…そんな中ただ一人突っ走って止めようだなんて、」
そこで警備員さんは一旦言葉を区切り。
「新しい標的になりたいのかい。」
動き出そうとしていた足がもう動かなくなった。
目の前でクラスメイトの男子が彼のズボンを脱がしに掛かる。
俺は動かなかった。
彼はズボンを脱ぐまいと必死にベルトを押えた。
まるで魔法に掛かったみたいに足から感覚が消えた。(警備員さんの肩に掛かる力の感覚
が増える。)
皆が「脱げ!」と囃立てる。
警備員さんが「見るな。」と囁いた。(顔も身体も動かない。)
先生がその横を何事も無かったように通り過ぎた。
(苛める女子は遊びですと断言する。)
(センセイは苦笑い。)
(余り大きな声をだしてはしゃぐなよ、)
(そんな忠告だけで、)
(――俺の身体から力が抜け落ちる。)
数秒しか彼は自分のズボンを守れはしなかった。
男子生徒数人の手で、
ズルッ。
「うわっ!」
「キモい!!」
「臭いよー!」
「見ろよこいつブリーフ履いてやがんの!キモー!」
「つーかさぁ、触ったところが腐ってくよー!」
「いやー!ちょっとこっちにもってこないでよ!ズボン!」
「キーターナーイー!!!」
罵声、
罵声、
罵声、
罵声、
―――罵声の連続!
あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは
はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは
はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは
はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは
警備員さんが俺を引き摺るように連れていってくれた(逃がしてくれた。)場所が、
警備員室だった。
牛乳と琥珀色した飲み物が完全に混ざりあう経過をじっくりと見つめ、
見捨てて逃げ出し警備員さんに縋りついていた時を思い出していた。
コーヒーはなかなか混ざらないな、
(まあ俺ブラックが好きだから、出してくれた警備員さんには悪いけど余り呑みたくない。)
なんて思いながらコーヒーを凝視してる様子を、
警備員さんはまだ落ち込んでいる、か、奇妙にでも思ったのかもしれない。
オンボロ(警備員室の中では綺麗な方)の椅子に座りこんでいる俺のソバまで近寄って、
静かに、ゆっくりとした口調で話し掛けてきた。
「――君は、正義感が強い子なんだね。」
俺のコーヒーへ無遠慮に角砂糖を加えながら。(コーヒーがどんどん汚されていく……。)
「普通は眼を背けるものなのに、君は立ち向かおうとしてた。」
角砂糖三個目。
「あの子は、友達だったのかな?」
「…いえ、知ってるだけ。」角砂糖四、五。(溶け切れずに浮いてる。)
「…なのにどうしてあんなに、君は苦しむ必要があったんだい。」
俺はようやく彼の顔を見る為に顔をあげた。
その時、俺は初めて警備員さんの顔を見た気がする。
声は大人の男だから当然低い声、
――でも少し爽やかな印象を与える声。
…顔は余り爽やかとは言えない不精髭が少々あり、
警備員の帽子を被っているからなのか、
顔に影が刺していて酷く陰気に見えた。
…何故か、俺を労る言葉は静かに、そして優しく聞こえた。
(俺の思い上がりかも知れないけど。)
「…思い出すから。」
だから思わずその言葉を俺は漏らしてしまった。硬く閉ざした記憶の扉、
「 。」
けして思い出すまいと決めたあの時最悪。
「 。」
―――――思い出すなもうむかしのはなしなんだからもうやめろどうしようもなかったんだ!!
あのときおれになにができたというんだ!!
白い部屋。
不思議な器具。
男。
―――妹。
「…何を思い出すんだい?」警備員さんの一言で現実に戻ってきた。
――すう、
身体から体温も戻ってくる感触がつかめる。
その時、自分が自分の手を握り締めている違和感に気づいた。
足下は俺の爪先から、
眼前に立つ警備員さんの足の爪先を満たす程の琥珀色の水溜まりが出来上がっていた。
琥珀の中に浮かぶ白い島、
つまりはさっきまで俺が握ってたカップのかけらを見て自分が何をしでかしたかに気付く。
「…すみません。」
先程の質問は確かに聞こえていた。
でも素直に(しかも赤の他人に)答えたい質問でもない、
いや考えたり思い出すのも放棄したい質問だったから、
聞こえなかった振りをして割れたコップの破片を拾うことに専念した。
そんな事を考えていた俺は無防備で、何をされても避ける事は難しかった、
―――けどあんな事をされるなんて思ってもなかったんだ。
頭に何かが乗る感触。
別に痛みが走る様な触り方じゃなかった。
撫でる感触が程なく伝わる。
単調な動きで、そしてなるべく髪の毛がくしゃくしゃにならない様に撫でられた。
久しぶりだった。
頭を撫でられるなんてことは。
…高校生なら久しぶりだなんて当然だけども、
俺は小学生の途中で撫でられる事は、ある事を境に全然無くなったから。
撫でられるだけじゃない。
褒められる事も、
抱き締められることも、
――いや、
それ以前に、会話も殆ど消えた、無くなった、コミュニケーションが皆無になってしまった。
親の私たちだけでなく、
――お前も、また責められるべき存在なのだと言う、親の無言のメッセージだろうか。
きちんとPCに絵を取り込めるスキャンが欲しいです。